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イオンモール出雲店

【島根県出雲市ブランド買取NO1!】フェンディ売るならジュエルカフェ~再ブームまでの歴史~

2019年7月28日

島根県出雲市・大田市・雲南市のフェンディ・ヴィトン・シャネルなどのブランド・貴金属・時計・金券を売るなら買取専門店のジュエルカフェへ!古い物や壊れているブランドも無料お見積り致します!

 

皆さんこんにちは。ジュエルカフェイオンモール出雲店です!

ついに梅雨も明けて夏本番になってきましたね。

既に30度の日もありますがイオンモール出雲は涼しいので査定がてら涼みに来てください。

今回は再ブーム到来中のフェンディについて調べましたのでブログにしようと思います!

 

フェンディの始まり

フェンディは1925年に創業と90年以上続く歴史あるブランドです。

イタリアのブランドグッチプラダなどとほぼ一緒です。

フェンディ夫妻(エドアルドとアデーレ)が創業し、元々は革製品と毛皮の小さな工場から始まりました。

当時アメリカで流行っていた毛皮の襟巻にインスピレーションをえて毛皮のコートの販売を開始するとスマッシュヒットとなりイタリア女性のステータスとなります。

このヒットがあったのでフェンディ=毛皮のイメージがつきます。

またフェンディの定番モデルのバゲットも古くから愛されているモデルの一つです。

1946年に5人の娘(パオラ・アンナ・フランカ・カーラ・アルダ)も運営にかかわり始めます。

1965年オートクチュールのピエールカルマン、ジャンパトゥやクロエのデザイナーでもあったカールラガーフェルドを主任デザイナーとして迎えます。

カールラガーフェルドは今では「モードの帝王」と呼ばれ、ココシャネル亡き後のシャネルを復活させたり、自身の名前を関したブランドも展開している有名人ですが当時はまだ駆け出しの27歳デザイナーでした。

 

プレタポルテ(既製服)のスタート・ズッカ柄の誕生

1969年に毛皮のプレタポルテ(既製服)を発表します。

プレタポルテのスタートに合わせて今まで裏地に使用されていたダブルFを表地のデザインに使用することをカールラガーフェルドが提案します。

これがのちに定番ラインの1つとなるダブルFのズッカ柄の誕生となります。

もしカールラガーフェルドがデザイナーとならず、表地に使用することを提案されなければ定番ラインになることはなかったでしょう。

 

1970年代 商品のラインナップの拡充、日本進出

1972年にブルガリフェラガモなど日本進出を手掛けたアオイによって日本進出をします。

1977年に毛皮や革製品以外にもコートやジャケットなどの幅広いアイテムが加わり、本格的にプレタポルテをスタート。

1985年フェンディ初の香水の販売を開始します。

87年毛皮とスポーツウェアのラインとして「フェンディッシメ」をスタートさせました。

89年にはメンズ香水「フェンディウオモ」を販売。さらにそこから衣類や小物などにも拡大し、フェンディウオモコレクションとしてトータルメンズファッションとして展開し、この頃からフェンディ家3代目世代が経営に携わるようになります。

 

レディースはカールラガーフェルドが、メンズはシルヴィア・ペントゥリーニ・フェンディがデザインします。

97年にはついに「バケット」が登場します。シルヴィアがデザインして大ヒット、今も続くロングセラー商品となります。

 

フェンディの現在

1999年LVMH(ルイ・ヴィトン・モエ・ヘネシー)とプラダ・グループによって買収されます。

しかしフェンディにとってこの買収は良い結果を生みます。

LVMHのネットワークによって流通網が大幅に強化され直営店が全世界で4店舗だったのが80店舗に拡大しました。

2001年にはLVMHとアオイによってフェンディジャパンが設立され、03年には表参道店がオープンするなど日本人にとって身近な存在になります。

現在では若い世代から大人の女性まで幅広い年代に人気がある総合ブランドとしての地位を確立します。

 

インスタにより再ブーム到来→売るなら今がチャンス!

最近では人気モデルや女優さんがインスタにフェンディの服やバッグなどUPしたことでふたたびフェンディを持つ若い人が増えてきています。

需要が増えたことでジュエルカフェでも高価買取が実現できています。

家に眠っているフェンディを売るなら今が大チャンスです!

古い物でも大歓迎ですので1度無料お見積りにお持ちください!

もちろんフェンディ以外のヴィトンやシャネル、エルメスなどのブランド品もお待ちしております!

 

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